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金沢地方裁判所 昭和42年(ワ)540号 判決 1972年8月28日

原告

宮越時枝

ほか三名

被告

森正雄

ほか二名

主文

被告らは連帯して原告宮越時枝、同宮越政則、同宮越啓二に対し、それぞれ金一五八万三、二四〇円およびこれに対する昭和四〇年一二月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

右原告らのその余の請求および原告宮越満の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用のうち、原告宮越時枝、同宮越政則、同宮越啓二と被告らとの間に生じた分についてはこれを六分し、その一を右原告ら、その余を被告らの各連帯負担とし、原告宮越満と被告らとの間に生じた分については原告宮越満の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告らは連帯して原告宮越時枝、同宮越政則、同宮越啓二に対しそれぞれ金一九〇万円、原告宮越満に対し金三〇万円およびこれらに対する昭和四〇年一二月一六日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決ならびに第一項についての仮執行の宣言

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  事故の発生

(1) 被告森正雄は、昭和四〇年一一月三〇日ころから、石川県鳳至郡穴水町大角間地内八ケ川地辷り地帯の災害復旧工事現場において湿地用ブルドーザー(七トン車)(以下本件ブルドーザーという)を運転し、整地作業に従事していたが、同年一二月一四日午後五時ころ、同日の作業を終えた際、同車を右工事現場の傾斜地の頂上に停車させておいたが、同所は傾斜しているうえ、土質が軟弱で滑走し易い状態であつたし、さらに停車した車体前部を頂上より斜面上に浮き出させ、且つ排土板を上げたまま、少しの重力や動揺等によつても車体が斜面へ滑走するような状況でおいた。

(2) そして、翌一二月一五日午前八時ころ、被告昭和建設株式会社(以下被告会社という)の依頼で、訴外宮越政義(以下訴外政義という)が本件ブルドーザーにセルモーターを取付にきた際、被告森は右のような危険な車体に他人を乗車させるに当つては、事前にブレーキが利いているかなどについて良く点検し、また乗車個所についても細心の注意を払い、あるいは車体が不安定の状況にあることを右宮越に警告し、さらに本件ブルドーザーを安全に場所に移動するなどして、もつて本件ブルドーザーの滑走等の危険の発生を防止すべき注意義務があつたのに、右宮越を漫然本件ブルドーザーに乗車させ、さらに、自らも前部のキヤタピラ上に乗つて車体の安定を失わせたため、右ブルドーザーをして右傾斜面を滑走させ、よつてキヤタピラの回転で足を奪われた訴外政義を右ブルドーザーで轢過させ、同人を左側頸部陥没骨折等により即死させた。

(二)  被告らの責任

(1) 被告森正雄について

同被告は本件ブルドーザーの運転者であり、直接の加害者として民法七〇九条により右事故による損害を賠償する義務がある。

(2) 被告橘喜八について

同被告は被告森の雇主であり、自己所有の本件ブルドーザーを運転手つきで被告会社に貸付けたが、右貸付中も被告森の運行を作業現場に訪れて指揮監督していたから、同被告は自賠法第三条および民法七一五条一項により右事故による損害を賠償する責任がある。

(3) 被告会社について

(イ) 被告会社は本件ブルドーザーを借り受け、自己の事業のための運行につき、具体的に指揮監督しているから本件ブルドーザーの運行供用者として自賠法三条の責任を負う。

(ロ) また被告会社は被告森と直接雇傭契約はないがその事業のためこれを指揮監督していたから、被告森の行為について民法七一五条一項により責任を負う。仮に、右条項により責任を負わないとしても、同条二項により責任を負う。

(三)  原告らと訴外政義との関係

(1) 原告時枝は訴外政義の妻であり、原告政則、同啓二は訴外政義と原告時枝との間の子であり、右原告ら三名は訴外人を各三分の一の割合で相続した。

(2) 原告満は原告時枝と訴外岡崎進との間の子であるが三才の時から右政義に養育され、同人から実子と同様に教育監護されてきた。

(四)  損害額

(1) 訴外政義の逸失利益

(イ) 訴外政義は原告らの肩書地で電気器具販売と自動車の修理販売の営業をなし、一ケ月少くとも金八万円を下らない収入を得ていた。

(ロ) そして、同人は当時四〇才(大正一四年一二月九日生)の男子で健康体であつたから、本件事故がなければ少くとも三〇・八五年は生存できた(第一〇回生命表による)し、そのうち少くとも二三年は稼働できた。

(ハ) そこで、右政義の得べかりし利益をホフマン式計算法により算出すると(同人の一ケ月の生活費を金二万円として右月収から控除する)、金一、〇八三万二、四〇〇円となる(6万円×12×15.045=1,083万2,400円)。

(ニ) よつて、原告時枝、同政則、同啓二は右金額の三分の一である金三六一万〇、八〇〇円宛相続した。

(2) 原告らの慰藉料

原告らはいずれも訴外政義を一家の大黒柱とたのみ、生活を営んできたものであり、同人の不慮の死により悲嘆のどん底に陥入つた。よつて、原告らの精神的苦痛を慰藉するためには原告時枝、同政則、同啓二について各金一〇〇万円が相当である。また、原告満は法律上の親子関係はないが、事実上の子として三才のときより養育されてきたからその精神的苦痛は実子に劣らないので、その慰藉料は金三〇万円が相当である。

(五)  よつて、被告らに対し、原告時枝、同政則、同啓二はいずれも金四六一万〇、八〇〇円の請求をすべきところ、内金として各金一九〇万円、原告満は金三〇万円とこれらに対する本件事故の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  被告森、同橘の答弁ならびに主張

(一)  請求原因(一)、(二)、(四)項の事実は争い、同(三)項の事実は不知(但し、同(二)項(2)のうち被告橘が本件ブルドーザーの所有者であることは認める)。

(二)  主張

(1) 本件事故について被告森に過失はない。即ち、

(イ) 被告森は事故の前日である昭和四〇年一二月一四日作業を終つて現場の最も低い地域から本件ブルドーザーを傾斜地に後向けに上らせ、中復の平担地に停車させ、ブレーキを確実にかけ、またクラツチをバツクギアに入れて、安定度を確認のうえ下車し帰途についた。

(ロ) 翌一五日午前七時三〇分ころ、訴外政義は右ブルドーザーを修理するため本件ブルドーザーのところにおもむき、キヤタピラのうえに乗つて、ブレーキをゆるめ、クラツチがバツクギアにしてあるのを外し、ホイルギアをドライバーで点検していた。そのころそこにやつてきた被告森が本件ブルドーザーを低地の方におろそうかといつたが、訴外政義はこのままでよいといつたままホイルギアをドライバーで廻しているうち、それによつて本件ブルドーザーが滑走し出し、訴外政義は足を奪われて落下し、轢死したのである。

(ハ) しかも、訴外政義はブルドーザーの修理工であり、その構造の知識も深く、また本件ブルドーザーの置かれた地形、状況を現認して作業を開始しているのである。

(ニ) したがつて、右事故は訴外政義の重大な過失による自損行為というべきである。

(2) 過失相殺

仮に、本件事故について被告森に過失があつたとしてもその過失は小さく、一方訴外政義に重大な過失があつたことは右のとおりであるから、その損害額の算定にあたつては右過失を参酌すべきである。

三  被告会社の答弁

請求原因(一)、(三)項の事実は不知、同(二)、(四)項の事実は否認する。被告会社は被告橘に対しブルドーザーによる整地作業を下請させたもので、被告会社は被告橘の被雇用者である被告森に対し何ら指揮監督権もなく、右ブルドーザーに対する運行の支配もない。

第三証拠〔略〕

理由

一  まず事故発生の状況および原因の点について検討することとする。

(一)  ともに〔証拠略〕によると、

(1)  被告森正雄は昭和四〇年一一月三〇日ころから鳳至郡穴水町大角間地内の地辷り地帯の災害復旧工事現場において本件ブルドーザーを運転して整地作業をしていたが、同年一二月一四日に作業中ブルドーザーのセルモーターが故障したので、被告橘において自動車部分の修理販売業を営んでいた訴外政義にその修理を依頼し、同人に工事現場にきて貰つて、右セルモーターを渡したが、そのまま工事を続行、同日午後四時三〇分ころ作業を終了し、その際作業をしていた場所は湿地でブルドーザーが泥の中にめり込むことと、一方翌日までにセルモーターが直つてこないときは、坂を下つてその惰力でエンジンを始動させなければならないことを考え、近くの勾配約三〇度の傾斜地を高さにして一・二米、距離にして約八米上つた個所に多少傾斜があるもののほぼ平坦な場所があつたので、本件ブルドーザーを後向きでそこまで上り、車体前部が平坦地の端から傾斜面に少しはみでる位置、さらに排土板が傾斜面に浮き出た状況で停車させ、そして、排土板は右の方法でエンジンを始動させる場合を考えて、下に降さないままにして、サイドブレーキをかけ、ギアをバツクに入れたうえ、本件ブルドーザーを降りたこと

(2)  翌一五日午前八時ころ、被告森が工事現場の人夫小屋にいたとき、訴外政義がやつてきて、同被告にセルモーターの取付個所を調べてくると告げて、本件ブルドーザーの停車してある場所に一人ででかけたこと、その後しばらくして被告森もその場所に行つたが、そのとき訴外政義はブルドーザーの左側のキヤタピラ前部寄りのところに上つて、かがみ込んでセルモーターの取付個所を点検し、ホイルギアをドライバーで回転させながら、ギアの歯がかけていると説明していた。そこで被告森も訴外政義の乗つている同じキヤタピラ上に乗つて、訴外政義の横でそれをみていたところ、急に本件ブルドーザーがズルズルと傾斜面に向かつて移動を始めたため、キヤタピラの回転で足をとられて体の平衡を失い、訴外政義は本件ブルドーザーの前部に転落して轢過され、よつて同日午前八時一五分ころ左側頭部陥没骨折等により即死したこと

(3)  右事故後、本件ブルドーザーが停止した状況において、サイドブレーキおよびバツクギアはいずれもかかつていなかつたこと、右事故後も右サイドブレーキに特段故障もなく、通常のとおり作業に使用されていること

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実からすると、本件ブルドーザーは、その駐車した場所の地形およびその置かれた状況が不安定であつたうえ、制動装置が働いていなかつたためにブルドーザーおよびこれに乗車した二人の全体の重心の関係から安定を失い傾斜地に向かつて自然移動を始めたものと推認するのが相当である。

(二)  そこで、右ブルドーザーの移動の原因を個々的に検討する。

(1)  地形的な点に加えて右ブルドーザーの置き具合、さらに排土板を上げたままの状況を合わせ考えると、制動装置の点を別にしてみれば、自然移動をする危険は十分あるというべきで、翌日の作業上の便宜のためであつたとしても極めて不安定、危険な駐車方法といわなければならない。

(2)  つぎに、バツクギア、サイドブレーキがかかつていなかつた点についてみる。

〔証拠略〕によれば本件ブルドーザーなど自動車のホイルギアはバツクギアにしたままでは回転させることができず、ギアをニユートラルにするか、メーンクラツチを切らねばならないこと、サイドブレーキは機能的にギアと全く異るからギアを回転させるためにサイドブレーキをはずす必要はないことが認められる。

(イ) したがつて、バツクギアについては、訴外政義がホイルギアを回転させていたことは前記のとおりであるから、被告森が駐車の際にかけたバツクギアを訴外政義がはずしたものと推認するのが相当である。

(ロ) つぎに、サイドブレーキについては、駐車の際かけられていたのに、事故発生直後にはかけられていなかつたのであり、そして本件事故後ブルドーザーのブレーキに故障があつたことは認められていないのであるから、少くともブルドーザーの移動開始の時点ではサイドブレーキはかかつていなかつたものと推認すべきである。而して、右のとおり訴外政義においてホイルギアの修理に関してサイドブレーキをはずす必要はなかつたのであるから、他に特段の根拠なくして同人が右ブレーキをはずしたということをたやすく推認することはできないし、被告森のサイドブレーキのかけ方が不十分であつたのか、あるいはその他の原因によつてサイドブレーキがはずれたのかなど結局本件証拠上不明というほかはない。

(3)  そこで、以上の点から被告森の過失の有無についてみることとする。

被告森が本件ブルドーザーを駐車した場所の地形およびその置かれた状況は極めて不安定、危険な駐車方法であつたのであるから、本件ブルドーザーを右のような状況に駐車した被告森としては訴外政義が右ブルドーザーの修理に赴く際、その状況にあることを同人に警告し、注意を喚起すべきであつたし、あるいはさらに本件ブルドーザーを安全な場所に移動したうえ、修理させるべきであつたものというべきである。そして、さらに自らブルドーザーのところに赴いた際、訴外政義がホイルギアを回転させていたのを目撃したことによりバツクギアがはずされていることが認識できた筈である(〔証拠略〕によれば、同被告はホイルギアはバツクギアをはずさなければ回転しないことの知識を有していることが認められる)から、したがつて制動装置としてはサイドブレーキだけとなるから、被告森は当然右サイドブレーキの状況を観察すべき義務があつたものというべきである。しかるに、それをすることなく、漫然と右ブルドーザーのキヤタピラ上に訴外政義とともに乗車したのであるが、本件ブルドーザーの重量(七トン)に比べれば、両名の重量は微少ではあるものの、移動開始の転機となつたことは推測できないことではない。

したがつて、訴外政義に過失のあつたことは別論として、被告森にも過失があつたものといわなければならない。

二  被告らの責任

(一)  被告森について

被告森が本件事故について過失があることは右に述べたとおりであるから、同被告は民法七〇九条により本件事故にもとづく損害を賠償する責任がある。

(二)  被告橘および被告会社について

(1)  〔証拠略〕によれば、

(イ) 被告橘は本件ブルドーザー等四台のブルドーザーを所有し、被告森らをその運転手として雇傭し、他の土建業者の依頼により右ブルドーザーに自己の雇傭する運転手をつけて貸与し、その土木業者のもとで作業に従事させ、そのブルドーザーの稼働した時間数に応じて時間単位で定められた代金を受領し、右ブルドーザーの運転手には被告橘において給料の支払をするという形態で業務を営んでいたこと

(ロ) 前記地辷り地帯復旧工事に際し、被告橘は被告会社からブルドーザーの貸与方依頼を受け、本件ブルドーザー外一台に被告森らをその運転手として右工事現場に派けんしたこと

(ハ) 右復旧工事は被告会社が訴外穴水町から請負し、その一部を訴外大東建設に下請させ、その余は自ら施工していたが、被告森らは右工事現場において被告会社の指示により被告会社および右大東建設の各工事分担部分の双方でブルドーザーを作動して作業に従事し、被告会社の直接施工する工事については、被告会社の現場監督にその都度作業する範囲、個所の指示を受け、さらに工事について地形の高さとか、技術的な点など設計図にもとづいて具体的な工事方法の指図を受け、あるいは必要の場合はその指図を求めて作業を実施し、そして現場監督においてその工事状況が設計図どおりに行われているかどうかを観察するなどの形態で作業が実施されたこと、また訴外大東建設の下請部分で作業をする際は右大東建設の現場監督の指図を受けて作業をなしたが、右大東建設の工事については別に被告会社においてその工事状況を監督していたこと

(ニ) 被告森は本件事故発生の前日である一二月一四日は午前中被告会社の直接施工部分で作業し、午后から訴外大東建設の下請部分で作業をし、作業終了後そのまま同個所に前記認定の状況で本件ブルドーザーを駐車したこと

(ホ) 一方、被告橘は右工事中ときどき工事現場にブルドーザーの作動状況などをみにきており、そしてブルドーザーが故障したときにはその修理の手配をしていたが、整地工事自体について被告森らを指図するようなことはなかつたこと

(ヘ) そして、被告橘は右ブルドーザーが稼働した時間数に応じて時間単位で定められた代金を、訴外大東建設の下請部分で稼働した分と区別することなく被告会社から一括支払いを受けていたこと、そして被告森は被告橘から右工事の稼働について給料を支給されていたこと

以上の事実を認めることができ、右認定に反する〔証拠略〕は前掲証拠に照らし信用できない。

右認定事実からすれば、被告橘が被告会社の依頼によりブルドーザーとともにその雇用する運転手をつけて、被告会社のもとで作業に従事させ、よつてその代価として稼働時間に応じて時間単位でその代金の支払を受けた関係は、請負の性質をも混有するが、その実質は一種の賃貸借と解するのが相当である。しかして、本件ブルドーザーについての右契約は被告橘と被告会社との間に成立したものというべく、訴外大東建設との関係においては直接契約関係は成立せず、その下請部分における作業は被告会社との契約履行の一態様としてなされたものというべきである。

(2)  しかして、被告橘は被告森の雇傭主であり、その営業の形態からして被告森に右ブルドーザーで作業をさせることが即ち被告橘の事業の執行であつて、その具体的な作業が被告会社の指示により実施されるのであつても、被告橘はなお被告森について選任監督の権限を有するのであるから、前記態様における本件事故は被告橘の事業の執行について生じたものというべきである。

よつて、被告橘は被告森のなした本件事故について民法七一五条一項により損害賠償責任を負うものといわなければならない。

(3)  つぎに、被告会社についてみると、被告会社と被告森との間には直接の雇傭関係はないけれども、前記認定の事実関係からすれば通常の元請人と下請人およびその被用者とは異なり、その作業形態からして被告会社は被告森に対し、被告会社の直接施工部分はもとより訴外大東建設の下請部分における作業を含め、その全体について、指揮監督権を保有し、その関係は使用者と被用者との関係またはこれと同視できる場合にあつたものというべきである。しかして、前記態様における本件事故は被告会社の事業の執行について発生したものというべきであるから、被告会社もまた本件事故について民法七一五条一項により損害賠償責任を負うものといわなければならない。

三  損害額

(一)  訴外政義の逸失利益

(1)  〔証拠略〕によれば、訴外政義は昭和二五年ころから原告ら肩書住居において電気器具販売と自動車部品の修理販売を業とし、その所得で原告ら家族を扶養していたこと、当時右営業については他に使用人はなく、妻である原告時枝が店の留守番をしながら来店する客に商品を販売したり、あるいは帳簿付けをしたりして訴外政義の右営業を補助していたこと、ならびに訴外政義は死亡当時四〇才(大正一四年一二月九日生)であつたことが認められる。そして、訴外政義の年令からすれば、少くとも今後二三年は就労可能であつたものというべきである。

(2)  そこで、つぎに訴外政義の右営業による所得について検討する。

〔証拠略〕によれば、原告らの依頼により税理士高正信において訴外政義の昭和三九年、昭和四〇年の両年度の商品仕入高、掛売額、官庁公表の資料などを基礎とし、両年度の所得金額を昭和三九年度一八四万四、九四九円、昭和四〇年度一六〇万四、七八八円と推計していることが認められる。しかしながら、

(イ) 商品仕入高が判明しているものの両年度の商品在庫数量が不明であるから商品仕入高のみによつて両年度の売上額を推計するのは正確性を欠く。

(ロ) 両年度の総売上、現金売上額の推計の過程にも必ずしも正確でない部分がある(〔証拠略〕)。

(ハ) 売上額に対する利益率は官庁公表の資料によつているけれども右証人も証言しているように、定価を減額して販売される場合があるから、右利益率をそのまま適用することは正確性を欠く。

(ニ) 一方、資産負債増減高の面からみた右両年度の所得〔証拠略〕の額は前記推計額と比べると非常に大きな差異があることとなり、このことは推計結果の正確性を疑わせる理由ともなる。さらに昭和三八年度の営業成績は欠損となつていて、所得に大きい変動があることを示している。

右に述べたほか、

(ホ) 右(ニ)にも述べたように営業成績自体に変動があり、〔証拠略〕によれば、訴外政義の営業のうち家庭電器関係は昭和三八年、昭和三九年ころは営業成績が隆盛の時代であつたことが認められるが、当今家庭電器製品の景気動向が必ずしも往時の状況でないことは公知の事実であるように、変動の予測される種類の営業であるから、好況時である昭和三九年、昭和四〇年を基準として生涯の所得を算出するのは相当ではない。

(ヘ) 税金の関係において訴外政義が営業所得をどのように申告していたか明らかではない(証人高正信は「税金はおそらく扶養家族の関係でかかつておらんと思います」旨証言している。ということは、前記推計額より非常に少額の所得申告をしているものと推測される)。

(ト) 右営業について、原告宮越時枝が補助的役割をなしていることは前記のとおりであるから、これを一定の割合で考慮し、その分を前記の訴外政義の所得から控除するべきである。

以上の諸点からすると前記(イ)記載の推計にかかる数額をもつて訴外政義の所得額とするのは正確ではないといわなければならない。しかし、その商品仕入高、掛売高等からする営業規模、その営業所得により扶養する家族数、預金の額(〔証拠略〕)等からすれば、訴外政義は相当程度の所得をあげていたものと認められる。そこで、ちなみに訴外政義と年令、勤続年数ともほぼ同程度の「労働者」の賃金についてみると、全産業労働者男子の年令四〇才から四九才、勤続年数一五年から一九年の平均月収は金五万七、三〇〇円、年間賞与は金一七万一、五〇〇円である(労働省労働統計調査部編昭和四一年賃金センサス)から賞与を含めれば月収は約七万一、六〇〇円となる。この点を考慮してみれば、個人営業主である訴外政義は少くとも原告主張のとおり、生涯を通じて金八万円を下らない月収を得るものと認めるのが相当である。そして、そのうち金二万円を同人の生活費として控除すると月間純益は金六万円となる。

(3)  よつて、以上により前記のとおり就労可能年数を二三年としてホフマン式計算法により逸失利益を算出すると、訴外政義の逸失利益は金一、〇八三万二、四〇〇円となる。

(6万円×12×15.045=1,083万2,400円)

四  過失相殺

本件事故発生の状況は前記認定のとおりであるところ、訴外政義において本件ブルドーザーのところに赴いた際、本件ブルドーザーの置かれていた外形的な状況から当然それが不安定且つ危険な駐車方法であることが認識できた筈であるから、ブルドーザーのキヤタピラ上に乗つて作業するについてこの点に十分注意し、さらにバツクギアをはずす際には、右ギアが制動装置の機能を果していることは自動車部品の修理販売業を営んでいる訴外政義においてもとより認識できたであろうから、他の制動装置であるサイドブレーキがかかつているかどうかを当然確かめ、安全を確認したうえバツクギアをはずし、あるいはキヤタピラ上に乗るべきであつたのである。而して、訴外政義が漫然キヤタピラ上に乗つたうえ、その際の只一つの制動装置であつたバツクギアをはずしたことが本件ブルドーザーの移動するに至つた直接且つ最後の要因であると考えられるから、本件事故発生について訴外政義に重大な過失があつたものというべきである。そして、被告森と訴外政義との過失割合は被告森三〇パーセント、訴外政義七〇パーセントと認めるのが相当である。

よつて、被告らが訴外政義の右逸失利益のうち賠償すべき額は金三二四万九、七二〇円となる。

五  権利の承継

〔証拠略〕によれば、原告時枝は訴外政義の妻であり、原告政則と原告啓二はいずれも右両名の間の子であつて、訴外政義を相続したことが認められる。したがつて、原告時枝、同政則、同啓二の法定相続分は各三分の一であるから、右原告らは訴外政義の前記逸失利益の三分の一宛金一〇八万三、二四〇円を各自相続したこととなる。

六  慰藉料

(一)  原告時枝、同政則、同啓二について

訴外政義が右原告らの夫または父であり、そして一家の支柱として生活を支えてきたのであるから、訴外政義の不慮の事故により原告らが著しい精神的苦痛を受けたことはたやすく推認できるところである。そして、本件事故発生における双方の過失状況その他本件にあらわれた一切の状況を考慮すれば、原告らに支払われるべき慰藉料はいずれも金五〇万円と認めるのが相当である。

(二)  原告満について

生命侵害に対する慰藉料請求権者の範囲についてはこれを民法七一一条に規定する父母、配偶者および子に限定されるとするのは相当ではなく、これらに準ずる者例えば内縁の妻、未認知の子についても右法条が類推適用されるものと解するのが相当である。

しかし、原告満は訴外政義と法律上の親子関係はなく、いわゆる継子であつて、血のつながりはないのであるから、主張のように三才の頃から子と同様に養育されたことがあつたとしても、いまだ独立して慰藉料請求権を有しないものといわなければならない。

よつて、原告満の請求はその余の点をみるまでもなく理由がないこととなる。

七  結語

以上の次第であるから、原告時枝、同政則、同啓二において被告らに対しそれぞれ金一五八万三、二四〇円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四〇年一二月一六日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条一項但書を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝)

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